受験生は、私立の入試も終えいよいよ都立一般へ向け
崖っぷちの状態で昨日も夜最後まで居残って勉強をしている子もいました。
受験・受験で大変で自分がやっている勉強について向き合っている時期だからこそ
教室にも置いてあるある本のプロローグを紹介したいと思います。
読んでとても共感した内容です。
「勉強が好きか」と問われて、「好き」と答えるか、「嫌い」と答えるか―。
勉強するということを、単に試験に合格するとか、学校の成績をあげるという目標の
ためだけに位置づけてしまうと、これほど退屈でつまらないものはない。
「私は勉強が嫌いだ」と思っている人は、たいてい勉強を狭義の学校の勉強や試験勉強に限定してしまっているのだ。
しかしそもそも勉強とは、そんな狭い意味合いのものではない。勉強とは人がそれぞれ持っている能力を最大限発揮させるために行うものである。
言葉を換えれば、自分は何ができるのか、何に向いているのか、いわば自分のミッション(使命)をさがすために本来、行うものなのだ。
自分が何のために生きているのか、その理由がわかれば、納得できる人生が送れるではないか。それはとても幸せなことだ。
つまり勉強とは、幸せな人生を送るために行うものだと言い換えてもいい。
誰だって幸せな人生を送りたい。勉強がそのための手段だとしたら、いやだとか、やりたくないとは思わないはずだ。
(中略)
それは合格だけが人生のゴールではないということだ。何のために合格するのか、その先が実はあるはずで、合格後の人生の目的が本当は重要なのである。
また、仮に目先の試験に合格しなくても、べつに人生がそこで終わってしまうわけではない。
たまたまその試験に落ちただけの話であって、まったく別の人生の可能性が実は開かれているかもしれないのだ。
(中略)
試験とは、人生の夢をかなえるための関門の一つであり、「仮の目標」にすぎない。
本当に大切なのは合格後、または不合格後の人生を考えることであり、そのために勉強すべきなのだ。
これは、伊藤塾という司法試験の受験指導を行っているカリスマ塾長が書いた勉強法の本です。
また、エピローグには
・・・あきらめるな、と私は言いたいのだ。
本当にダメだ、もうあきらめようと思ったときが、実はいちばんゴールに近いのだ。あきらめてはいけない。
そして、一駅、一駅あきらめずに進んでいく力、忍耐する力、続ける力は勉強によって養われる。
あと一問、頑張って解く。あと一ページ頑張って読む。日々の勉強の積み重ねが、最後まであきらめない「根っこの忍耐力」を養ってくれる。
勉強によって、あきらめない力を身につけることができるのである。
最後に私の座右の銘を贈ろう。
「やればできる、必ずできる!」
とあります。
受験の先にある勉強、自分の人生をしっかり見据え
残り少ない通過点である受験を乗り切ってもらいたい。
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