現在、小学4年生の国語では、新見南吉さんの『ごんぎつね』を読んでいます。
『ごんぎつね』は、いたずら好きな子ぎつねのごんが、自分のしたことを後悔し、兵十へ償いを続ける物語です。
毎年この時期になると扱う題材なのですが、子どもたちと一緒に読んでいると、そのたびに新しい発見があります。
先日、ごんが兵十の捕まえた魚を川へ逃がしてしまう場面を読んでいたときのこと。
いたずらの一つとして描かれている場面なので、
私はてっきり「兵十がかわいそう」「困ったいたずらだね」といった感想が出てくると思っていました。
ところが、ある子がひと言。
「え、優しいじゃん。」
理由を聞いてみると、
「魚からしたら逃がしてもらえたんだから。」
なるほど、と感心してしまいました。
私たちはつい兵十の立場から物語を読んでしまいます。
でも、その子は魚の立場で考えていたのです。
また別の日には、ごんが兵十のために栗や松たけを届け続けているのに、
その行いが「神様のしわざ」だと思われてしまい、「引き合わないなあ」とつぶやく場面を読みました。
「引き合わないってどういう意味だろう?」
そう聞いてみると、ある子が自信満々に答えました。
「レートが合わないってことでしょ?」
思わず笑ってしまいました。
最近の子どもたちはシール交換などで「レート」という言葉をよく使います。
ぷっくりシールと普通のシールでは“レートが合わない”。
人気キャラクターのシールは価値が高い。
そんな感覚が身近にあるのでしょう。
もちろん辞書的な意味とは少し違います。
でも、「頑張っているのに見返りがない」「割に合わない」というごんの気持ちは、
意外と近い感覚で捉えていたのかもしれません。
そして、この作品を読むたびに毎年のように出てくるのが、
「ごんって死んじゃったのかな?」
という疑問です。
確かに、ごんが火縄銃で撃たれる場面は描かれています。
でも、その後についてははっきり書かれていません。
だから私は、そんなとき子どもたちにこう話します。
「もしかしたら、本当のことを知った兵十が必死に手当てをしたかもしれないよ。」
「ひとりぼっちだった兵十とごんが、そのあと仲良く暮らしたかもしれないよ。」
もちろん、それは物語には書かれていない話です。
それでも、子どもたちは少しほっとした表情になります。
物語の結末は一つかもしれません。
でも、その先を想像する自由は読者に残されています。
毎年同じ作品を読んでいても、子どもたちの発想や言葉に触れると、新しい景色が見えてきます。
やっぱり物語は、ハッピーエンドであってほしいですよね♡